団地妻の話

 

 SIDE:S

 

ああ蓮二、よく来てくれた。すまん、急に呼び出して。うむ、ありがとう。恩に着る。
うむ、そうだな、本題に入ろう。俺が宅配のバイトをしていることは話していたな。

そのバイトでの話なのだが……
……いや、バイト仲間自体は問題ない。ひとまずそのスマートフォンを置くのだ。何をするつもりかは知らんが……いやバレるバレないの問題ではなかろう。
配達地域に団地があってだな……ああ、あの団地だ。エレベータはないが良い鍛錬になっている。うむ……いや、その団地にだな…………その、み、魅力的な者がいるのだ………………穏やかな微笑みに、嫋やかな仕草。憧れを抱くのに時間はかからなかった。そうは言っても俺はただのアルバイトの配達員。そして相手は配達先の奥さんだ……ああ、いつもフリルの可愛らしいエプロンを着けておるし、奥さんであろう。うん? いや、本人に確かめた訳では無いが……
ただの憧れで終わる筈だったのだが。夏頃から声を掛けてくれるようになったのだ。お疲れ様、といって冷たいものを勧めてくれたりな。いや、受け取るのは規約違反だ。俺だけではなく誰にでも言っている可能性は――ある。優しいひとだからな………………む、すまん。聞いているぞ。
そのひとがだな、先日、俺に言ったのだ。

「寒かったろう。中で暖まっていかないかい?」

も、もちろん固辞した! だがそんなこと誰にでも言うのだろうか? 俺は自惚れていいのか、それともあのひとを心配するべきなのか……夫が共に暮らしていないのであれば俺が護るべきなのではないか? お、俺は誓って何もせん!

 

 

 SIDE:Y

 

ああ蓮二、よく来てくれた。すまない、急に呼び出して。ああ、ありがとう。
え? 本題? ふふ、やだなあ俺が君を呼び出すのに理由が必要かい? ……あは、君には隠し事はできないね。そう、相談があるんだ。
俺の住んでる団地、知ってるよな。そう、あのエレベーターもないやつ。そこに、いつも配達してくれるひとがいねて。

ん? なんだい変な顔して。なんでもない?

ならいいけれど……
彼、凄いんだ。俺の部屋7階だろう。重い荷物を持って階段を上がってきたはずなのにちっとも息を切らしてないんだ。配達員の制服から伸びる腕も逞しくて、その上顔だって精悍で。
そうは言っても俺はただの住民。少しでも接点がほしくて通販で頼みまくって今俺の家はいらないものだらけだよ。今日持ってきたから持って帰ってよ、将棋セット。あと岩塩。
どうしても仲良くなりたくて、お茶とかアイスとか、通販で届いたおまんじゅうとか勧めてみてるけど全然受け取ってくれなくて。……うん、そういう真面目なところもイイんだけど。冬なのに薄着で誘ってみたりもしたけどもちろんだめだったよ。もう襲いかかるしか思い浮かばなくてね。え? うん、犯罪だね。やだなあ、知ってるよ。
ああ、なるほど。連絡先を聞けばいいのか。確かに仕事中でなければ家にも誘えるかもしれないね。やっぱり君に相談してよかったよ。
……え? 夫? そんなのいないけど一体なんの話?