おしまいのとき

 

ああ、ついにこの日が来てしまったんだな。

そう理解した幸村のこころの内は凪いでいる。なぜってずっと覚悟してきたからだ。あの、無理矢理に身体を繋いだあの日からずうっと。
幸村が病に倒れてから完全回復したあとも、幼馴染は幸村に強い力で触れることを厭うているのを知っている。幸村が迫れば真田は抵抗しきれないと解っていた。
厳格で堅物な幼馴染は存外に快楽に弱く、その上単純だった。気付けば熱っぽい声で幸村を呼び、自分から腰を振っていた。そのあとも二人は幾度となく身体を重ねた。ほとんどは幸村から誘ったが時折真田から言い出すこともあり、ああもうしばらくは繋ぎ止めていられるかなと思っていたのに。
「区切りをつけたい」
硬い表情で真田が言った。その日、しっかりたっぷり幸村を抱いたあとに言うものだから殴りそうになったがきっかけが完全に自分の非しかないものだったことを思い出してなんとか留まった。
真田は乾いた唇をきゅっと結んで幸村に睨むような視線を向けている。真田だってそれなりに良い思いはしていたはずだ。慣れが出てきた最近はともかく、しばらくは苦痛ばかりだったのだから。それを選んだのは幸村の方だが。
「そう」
幸村のは平坦に言った。決して声を震わせてはならない。なんでもない顔をして、可能なら普通の友人に戻って、たとえそれが叶わなくても涙の一つも溢さないように、ずっと覚悟を決めてきたのだから。
「真田の望む通りにしよう」
幸村がそう言うと、真田は眉根を寄せた。おやと思う。考え直してほしいとでも言ってほしかったのか。
真田は珍しく視線を外し、何か逡巡している。躊躇うように唇を開く。
「幸村」
もう一度視線を向けた真田は少しむっとしたように言った。
「もう少し考えて言え」
充分考えているが。幸村がこの日をどれだけおそれ、悩んできたか、真田にはわかるまい。しかし幸村はただ「考えてるさ」とだけ口にする。
「考えているというならば、ではこの爛れておる関係を清算し」
爛れているか。それは真田の感覚ならば当然だろう。むしろ真田がこれまで流されてきたのが奇跡のようなものだ。
問題は真田が清算したあとどうしたいか、だ。友人でいてくれるのか、それとも。
――もう縁を切りたいと言われるか。
「つまり」
真田の言葉を待つ。まるで死刑宣告を受けるような気持ちで。
「俺と、正式に……こ、こ、恋仲になっても良いと言うのか?」
「はあ⁉︎」
デカめの声が出た。
幸村が予想していなかった、いや、本当はほんのほんのほんの少し期待していたがありえないと考えるたびに打ち消していたものだ。
静止する幸村に気付かず、真田は眉間に深い深い溝を刻みながら顔を真っ赤にして続ける。
「お前に誘われてこうして情を交わすようになり俺はてっきりもう恋仲だと思っておったが。先日女生徒に恋人はいないと言っているのを聞いて、その、そういった言葉を伝えていなかった事に気が付いたのだ」
そういえばそんなこともあった。確か真田から初めて誘われたのはその日だ。
「俺はお前が好きだ。だから、今の関係に区切りを付けて新たな関係を築きたい」
「……」
幸村は困った。だってこのパターンの想定はしていなかったから。
それでも幸村は微笑んだ。余裕たっぷりに。絶対王者の貫禄で。
「言ったろ。真田の望む通りにって」
真田の頬を撫でようとして、その手が動揺に震えていることに気付いて手を引っ込めた。