「精市、結婚を前提に付き合ってくれ」
立海大学附属中学校テニス部女子チームのリーダー、柳からの提案に同テニス部男子チームリーダー兼部長の幸村はコンマ五秒の思考の上、返答した。
「いーよー」
この日行われた告白の中で世界一軽いやりとりであったに違いない。
立海中等部の部活動は文化部も運動部も基本的に男女混成になっている。しかし、当然運動部は体格差や大会規定からどうあっても男女で分かれなくてはならないことが多い。男女それぞれリーダーが必要となるが部長はたった一人。男女どちらのリーダーが部長になっても問題はない。
強豪立海テニス部の部長決めは実にシンプルだ。
すなわち、一番強いこと。
こういってしまえば男子が有利かと思うかもしれないが幸村達が一年のころは女性部長だったし、実際柳は幸村ともう一人の男子部員以外の全員を叩きのめした。その三人をまとめて立海ビッグスリーと呼ぶことに異論がある部員は一人もいない。
そのビッグスリーの紅一点、柳から幸村への突然の告白。且つ求婚である。それも衆人環視の場で行われている。当然部員達はざわついた。なにしろ幸村も柳もそんな素振りは一切見せなかったのだ。柳と幸村は名前で呼び合っている。そこだけ捉えると十分特別なようにも思えるがビッグスリーのもう一翼、真田も同様であるため決め手に欠けている。
そうだ、真田。部員達は副部長である真田に視線を送る。真田は幸村の近くで後輩指導を行なっていた。二人のやり取りはばっちり聞こえている。しかし真田は部の中枢二人の突然湧きあがったスキャンダルにも冷静だった。指導されている後輩の方が冷静ではなかったが。可哀想に、近くにいたばかりに二人のやり取りが聞こえてしまった女性部員は、え、え、と動揺して幸村と柳を見比べたあと助けを求めるように真田に視線を向けているのに真田は何の意も介さず「集中しろ」と声を荒げる。
幸村と柳はというと熱く見つめあったり小声で愛を囁いたり……ということもなく普通に次の練習試合のオーダーの話を始めてしまった。東京の学校との練習試合は次世代の育成を目的として柳が切原を中心に組み立てたいと話すと幸村も頷く。その切原は先の会話に動揺している上、真田にどやされて涙目になっているが。なにしろ切原が柳にめちゃくちゃに懐いているのは全部員の知るところである。かわいいのに狂犬みたいな切原は入部してしばらくはポメ原ちゃんと呼ばれていた。一ヶ月目にはみんな「あ、これはポメラニアンどころじゃねえな」と気付いてそんな揶揄など消え去ったが。そんな切原が最初に懐いたのが柳だった。わんこのように懐く切原を柳もまたたいそう可愛がっていた。休憩時間に膝枕をするのはしょっちゅうでひどいときは胸の触り合いっこなどもしていた。そして真田に怒られていた。一部の部員などは美少女二人がちちくり合う光景に感謝し、涙を流したという。
「そうだ」
幸村が口を開いた。
「真田も赤也と結婚すればいい」
何を言い出すんだこの部長。パワハラ通り越してサイコパスである。提案とかじゃなくて断定形なのがまたこわい。
真田は瞑目し。すうーーーーと深く息を吐いて。
「……わかった」
重々しく頷いた。思考時間三秒。いやわかるな。口調は重々しいがもっと考えろ。おまえは何か弱みでも握られてるのか。いやあるかもしれない。怖いから言うな。部員達の心は三連覇を掲げたとき以上に一つになった。
「え、嫌っスけど!」
切原が言った。絶対嫌だとただでさえ青くなっていた顔を蒼白にして嫌がっている。真田が振られた。そりゃ毎日のように怒られてる相手といきなり結婚しろと言われたら嫌だろう。可哀想だ。切原も振られた真田もどっちも。
「えー。名案だと思ったんだけどなあ。じゃあ赤也、俺と結婚する?」
何言ってんだ!!!!」!!!!
何人か声が出た。挟まれている」は決して誤字ではないのだ。ついさっき柳の告白をオーケーした男の台詞ではない。切原はというとおそらくそっちも嫌だと言いたいのだろうが言えないでいる。
「なるほど。ではこちらは弦一郎とか。よろしくたのむ」
「……うむ」
アイエエエエエエ、ヤナギ!?サナダナンデ!? おれたちは何を見せられてるの????
残念ながら、部員達のその疑問は解決しそうにない。
幸村は真田と付き合っている。特に隠していないが二人ともそれなりに乾いた性格で人前でいちゃいちゃしたいといった願望もないからか柳以外には気付かれていない。
柳は切原と付き合っている。特に隠しておらず人前でも憚らずいちゃいちゃしているが仲のいい女子特有のそういうものだと思われており幸村と真田以外は知らない。
柳の告白はあくまでも友人として付き合ってほしいというものであり、柳にしては言葉足らずなのは幸村と真田がそこを違えないであろうという信頼と、ばっちり誤解した切原で遊ぶためだろう。
結婚した方が便利なことも多いだろうが、幸村も柳も特に結婚願望はないしどうしても結婚したければその気になれば可能な国に移住するという選択肢があることを知っている。それでも了承したのは柳と、切原と、一緒に生きるのもちょっと面白そうだなと思ったからだ。なんならまだ数人誘えそうだ。あの仲間達ならともに白髪が生えるまでというのも悪くない。
尚、真田とずっと一緒にいるのは十年近く前からの決定事項なので織り込み済みである。