「行く」
食い気味になってしまい、言ってから幸村は恥じた。
通話相手である丸井が苦笑しているのが解る。流石に張り切りすぎである。
「オーケー。じゃ、伝えておく。また詳細送るから!」
「ありがとう。うん、よろしく」
みんな絶対よろこぶぜいと声を弾ませる丸井の、そのみんなの中に彼は入っているのだろうか。通話を切ったあと幸村は大きく息を吐く。
中学高校と同じ学校に通った六年間、幼馴染と同じクラスになったのは高校三年生のたった一年間だけだった。丸井からの電話はその、三年C組の同窓会の誘いである。幼馴染――真田とは揃ってプロになった。世界を相手取って戦うのに互いに必死だった。気付けば疎遠になり、大きな大会であっても軽く言葉を交わす程度になっている。ただの幼馴染であれば強引に近付けたかもしれない。
真田は幸村にとってただの幼馴染ではなかった。
出会ってから二十年近くなって尚、その初恋は幸村の胸を焦がしている。
がむしゃらに挑んでいた卒業当時と違いランキングも上がり生活は少し落ち着きはしたが、真田まで同窓会に来るとは思っていない。それでも切っ掛けにできるのではないか。俺も参加したよ。真田も来ればよかったのに。今度飲まないか。そんな風に連絡を取ってみても良いかもしれない。
そう思って、幸村は参加を決めたのだ。
かつての三年C組の面々は騒然としていた。
ダメ元で誘ったプロ二人が参加すると返してきたのだ。来れないだろうけど一応声かけてみてと彼らの元チームメイトでありクラスのムードメーカーでもあった丸井に頼んだものの、まさか双方から色よい返事が返ってくるとは思わないではないか。
しかし、高校時代は親友であった二人は今は完全なライバルだ。某週刊誌によると今は完全に仲違いしており大会で会っても双方無視を決め込んでいるらしい。特に幸村に一度も勝てていない真田の怨讐はすさまじい……とのことだ。
不安になった幹事が丸井に本当に二人を会わせても大丈夫なのかと泣きついても丸井は「二人とも来るって言うんだからしょーがねーだろい」と一蹴するのみであった。
当日、先に現れた真田も、後から来た幸村も、互いを認めた瞬間動かなくなってしまった。やはりまずかったと思い込んだ幹事が二人を引き離す。あっという間にそれぞれ囲まれる。
まずいと思っていたのは幸村もである。
自分だけが参加するものだと思っていたから、それを切っ掛けにするつもりであったのに。真田も参加するとなると計画が狂ってしまう。同級生に囲まれた幸村は曖昧に相槌を打つ。ちらちらと真田の方を気にする幸村であったが特に視線が絡むこともない。密かに息を吐いた。会いたかったのは幸村だけなのか。
マスコミに色々と言われているのは幸村も知っている。毎日顔を合わせていた学生のころすら真田の気持ちを全て理解していたわけではない。疎遠になってしまった今はもっとだ。
自然と飲むペースが早くなる。
久し振りに顔を合わせた幼馴染を直視できない。
クラスメイトたちに色々と話しかけられるものの、完全に上の空だった。
決して顔ではない。大切なのはその生き様だ……と、言いながらも。真田の初恋の相手は元々の美貌に更に磨きを掛けていた。いや顔ではない。顔に惚れたわけではないのだ。決して。断じて。強さ、優しさ、時折自分だけに見せていた弱さ。全てひっくるめて……
「真田、アレ、いいのかよい」
「む……?」
丸井に声を掛けられて、真田はようやくそちらに視線を向けた。
潤んだ瞳、紅潮した頬。酒気で悩ましげな吐息。長い睫毛から落ちる影。その、とてつもない色気を放っている人物は真田が恋する相手だ。
「な……っ」
「他の奴にお持ち帰りされても知らねーからな」
冷静になってみれば、幸村のシンパである丸井がそんなことを許すわけがないのだが、真田もそれなりに酒が入っていたのでそのような判断はできない。
「…………俺が」
「送るってのはナシだぜ。そのまままた連絡とらなくなるんだろい」
「……どうしろというのだ」
記憶がない。どうやら酔い潰れてしまったらしい。同窓会で情けない姿を見せてしまったと後悔しながら目を開いた幸村の目の前に、見知った、精悍なつくりの顔があった。
「え」
「……む、起きたか。腰は痛まんか?」
「え、え?」
困惑する幸村に真田は照れ臭そうに微笑みかける。尋ねられて気が付いたが確かに腰は痛い。真田はしっかり服を着ているが幸村はホテルに備え付けだと思われるガウンに着替えている。
どう考えても事後だ。
その割にシーツが綺麗だとか、そんなことに考えは及ばない。
「真田……」
混乱しながらも、幸村の胸を占めるのは喜びだ。真田も自分をそういう目で見ているのだ。
「真田!」
痛む腰に耐えながら身体を起こした幸村は、真田へと飛び付く。
「っ……⁉︎ゆ、幸村……っ」
「好き。好きだよ」
たった一夜の過ちにしたくなくて幸村は言い募る。
一方的に想っているだけだったはずの相手から突然告白されて抱き着かれている。
真田もまた混乱していた。
昨夜は丸井に言いくるめられ何故かカードキーを渡され、タクシーに運ばれるままに辿りついたホテルに幸村を連れて入った。尚、二人をタクシーに押し込むとき、丸井は涙目になっていた。
ホテルはどうやら柳の名義で取られているらしい。部屋の中にはメッセージカードが置いてあった。メッセージ内容は「必ず勝て」だ。何にだ。
カードに気を取られたからか、酔いからか。抱きかかえていた手が滑り幸村尻餅をつくように倒れてしまった。直視しないよう薄目で着替えさせたが特に外傷はなさそうだった。
ベッドは一台しかないが大きく、十分二人で横になれる。しかし恋する相手がいるのだ。眠れる気がしない。真田は着替えないまま横になり、幸村の寝顔を眺めていた。焼き付けるかのように。
そして朝、何故か告白されている。
「…………俺もだ。幸村。お前が好きだ」
突然想いを告げてくれた理由はわからないが、相愛であったのだ。真田はしっかりと抱き留め、そう返した。
その後、初めて身体を重ねる時に幸村が「初めてじゃない」と言ったことで一波乱起こるのだがそれは別の話である。